株式会社廣貫堂
小嶋優子さん(仮名・マーケティング) 42歳
ほんとうの幸せを求めてUターン。富山にも女性が活躍できる仕事はあった!
以前は東京で企業広報やマーケティング担当として活躍していた小嶋優子さん(仮名)。しかし40歳を超え、これからの人生を考えた小嶋さんの胸にふつふつと湧き上がってきたのは、「これが自分の求めていた幸せなのか?愛する家族とふるさとで暮らしていくほうが幸せではないのか?」という思いだったという。小嶋さんがUターンを考えた時に唯一心配だったのは、仕事のこと。「地元では今までのようにやりがいのある仕事はできないかもしれない...」という不安を抱きながらの転職活動だったが、新たな挑戦を始めようとしている老舗企業と出会う。「地方には、東京では掴めなかったチャンスもあるんですね」と目を輝かせる小嶋さんに、Uターン転職の感想や富山での生活についてうかがった。(※本記事の内容は、2020年4月取材時点の情報に基づき構成しています)
- 転職回数
- 6回
- 転職期間
- エントリーから内定まで43日間
転職前
- 業種
- 外資系マーケティングリサーチ会社
- 職種
- マーケティング・広報
- 業務内容
- 企業広報・マーケティング業務
転職後
- 業種
- 医薬品メーカー
- 職種
- マーケティング
- 業務内容
- デジタルマーケティング部門のマネージャーとして、マーケティング戦略の立案・実行
このまま東京で暮らし続けることが、自分にとっての幸せなのか?
現在のお仕事はどんな内容ですか?
富山で140年続く老舗の製薬会社で働いています。入社と同時にデジタルマーケティング部に配属され、マネージャーとして化粧品のネット通販事業のマーケティング戦略の立案・実行に取り組んできました。今年の2月には2つの新ブランドのローンチとそれに合わせて新ECサイトのオープンが決まっていましたので、全体のプロジェクト管理もあわせて担当しました。今年度からはヘルスケアマーケティング事業部の「販売戦略グループ」「顧客対応グループ」のグループマネージャーを兼務しています。これまでの仕事に加え、医薬品や健康食品の通販など、新しい事業の柱づくりにおけるマーケティング業務も任されています。
入社前のご経歴を教えてください。
出身は富山ですが、東京の大学へ進学し、その後はアメリカの大学院で2年間、広告・広報を勉強しました。帰国後はその知識を活かすために、東京のPR会社に就職。その後、外資系の化粧品会社、保険会社、法律事務所、マーケティングリサーチ会社で勤務しましたが、いずれも企業広報やマーケティング業務を担当していました。その間は、勤務地も生活の場もずっと東京でした。
転職したきっかけは?
具体的に何かがあったわけではないのですが、ふと自分の人生を振り返ってみると、年も年だし、そろそろ家族と一緒に暮らしたいと思ったんです。東京での生活は楽しかったのですが、疲弊している自分も感じていました。人が多くて、常に競争にさらされていたり、誰かに評価されていたり…。独身で自由だし、お給料もそれなりにもらっているけれど、「私は今、幸せなのかな?」と疑問に思ってしまったんです。妹は富山で結婚して、子どもが二人いるんですが、その甥っ子たちの成長を近くで見守るのもいいなという思いがふつふつと湧いてきまして。私は、思い立ったらすぐに行動するタイプなので(笑)、転職活動を始めました。
転職活動はどのように進めたのですか?
今となっては思い込みだったのですが、富山で女性が活躍できる仕事は、医師などの高度な専門職以外にないと思っていました。ですから最初は語学力をいかして英会話の先生になろうかなと思っていました。実際に受けてみて、内定もいただいたのですが、「本当にそれでいいの?そんなに簡単に決めていいの?」という迷いが生まれてきまして。それで試しに、「富山 Uターン転職」で検索したら、エンリージョンの「リージョナルキャリア富山」が出てきたんです。WEBサイトも素敵だったし、いつでも相談にのってくれるということだったので、登録してみました。するといろいろな求人を紹介してもらうことができ、最終的には6社を受けることができました。仕事の内容も、マーケティング、社内通訳、ベンチャーの立ち上げメンバーなど幅広く、富山にもこんなにいろんな仕事があるんだ、と驚きました。
今の会社に決めたポイントは?
現在の上司であるCOOと東京で面談した際、「これからどんどん新しいビジネスを立ち上げたいと思っている。そのためには新しい人材が必要。失敗してもいいから挑戦しよう」という話をしてくれました。とても歴史がある会社なのに、新しいことに挑戦しようとしているところが、いい意味でギャップを感じました。COOの情熱や私自身に任せてもらえる裁量の大きさも感じましたし、今までに経験してきたことをなぞるだけでなく、新しいチャレンジもできそうだと考え、入社を決めました。
収入は減っても、お金に換えられない喜びが、たくさんある。
転職していかがですか?
仕事はすごく楽しいです。これまで長く携わってきた広報の仕事は直接売り上げに結び付く仕事ではありませんでしたが、今は自分の仕事の結果がはっきりと数字に出ます。お客様との距離も近いですし、そこに面白さを感じていますね。ただ、仕事をするうえでのカルチャーショックはありました。
どんなカルチャーショックでしょう?
東京にいたときは、周りのみんなが「結果を出して、もっと自分をアピールして、もっとお金を稼ぎたい!」という感じでギラギラしていたんです。一方、こちらは皆さんまじめなのですが、ややのんびりした印象。今後会社がさらに成長していくために、私の経験や視点を活かして組織を改善できる部分があれば取り組んでいきたいと考えています。簡単ではないかもしれませんが、上司であるCOOも私と同じ課題感を共有しているので、相談に乗ってもらっています。理解者がいるのはとても心強いです。
生活面でも変化がありましたか?
今は実家で両親と暮らしています。通勤時間は車で1時間くらい。東京のような満員電車で1時間はつらいのでしょうが、車なのであまり苦にはなりません。でも、朝はとても早くなりましたね。まず会社の始業そのものが早くなりました。東京で勤めてきた会社は、早いところで9時。なかには10時半の会社もあったのですが、今は8時半に始業です。それから、今年度からはフレックスが使えるようになったので、オフピーク通勤で8時には出社しているため、5時半には起き出して、準備をしています。だから寝るのもかなり早くなりました。ただ、生活自体はとても楽になりました。仕事から帰ったら、母が料理を作ってくれていますし、本当になんでもやってもらっているので、すごく楽です。休日は家族と過ごせるようになりました。母とご飯を食べに行ったり、妹家族の家で3歳の甥っ子や1歳の姪っ子と遊んだりして楽しく過ごしています。
収入も変化しましたか?
正直、お給料は減ったので、以前は欲しいものがあればすぐに買っていたんですが、ガマンすることを覚えました(笑)。とはいえ、収入が下がるのは覚悟していましたし、贅沢な暮らしがしたくて転職したわけではありません。家族との時間など、お金と引き換えに得られるものが多くあったので、今の生活には満足しています。
困ったことや課題はありますか?
美容院ですね。どの店に行けばいいのかわからなくて、結局今でも、東京に出張に行った際に以前の行きつけの店舗に行っています。美容院や歯医者、飲食店など、新しい行きつけを見つけるのは結構難しいですね。
転職してよかったと思うことは?
家族と一緒にいられることがなにより嬉しいです。今は母と気軽に出かけられ、父とは仕事の話もできるようになりました。そんな、なにげないことに幸せを感じます。東京時代の友人には、「顔つきが変わった」と言われました。自分では気づいてなかったのですが、東京にいた頃は気を張っていたんだと思います。東京で感じていた疲弊感もなくなりましたね。ストレスがあると食べすぎてしまっていたのですが、今はそういうこともなくなり、健康的になったと思います。両親も喜んでくれていますし、私自身も両親のそばにいられる安心感があります。仕事でも新しいチャレンジを楽しめているので、本当に転職してよかったと思っています。
転職を考えている人にアドバイスをお願いします。
もし迷っているのであれば、後悔しないように、行動したほうがいいと思います。私も、「Uターンしたら今とは全然違う仕事をするんだろうな」と覚悟していたんです。でも、いい意味で裏切られました。富山で女性が活躍できる会社と出会えたのは嬉しい誤算でしたね。東京は、今から自分を鍛えないといけない若い人にとってはおすすめの場所。でも年齢を重ねた後は、地方に目を向けるのもいいと思います。東京で得た経験やスキルを還元できる場所が地方には意外とたくさんありますし、新しいことにもチャレンジできます。東京にはプロフェッショナルがたくさんいて、しのぎを削っているので、新しい分野にチャレンジすることがなかなかできないんですよね。でも地方に来ると、違います。私の場合も、ECマーケティングやデジタルマーケティングのような仕事はほとんど経験がなかったので、東京にいたら絶対にやらせてもらえなかったと思うんですよ。詳しい人が他にたくさんいますから。でも今の会社に来たからこそ、そのチャンスを掴めたんです。地方にも、やりがいのある仕事はたくさんあるし、新しいことにチャレンジできるチャンスも、むしろ地方のほうがあると思います。